”人間:宮瀬英治は都議会に必要だ” 須郷歩さん(30代男性)

あの日のインパクトは、忘れられません。

これまで、色んな政治家さんに会ってきました。会釈しただけなら閣僚とすれ違ったときもあります。
東京都議会議員(板橋区選出)の、宮瀬英治さん。私の狭い世界から見て、この人がおそらくホンモノの政治家で、私達有権者の代理人です。

正直に言います。出会うまで顔も名前……名前は聞いてました。あぁ、地元の都議の。くらいでした。

 

いつも散歩に行っている親友が、歩くたびに「あ、宮瀬がいる」とポスターを指します。最初は気にも留めませんでした。
しかし、一週間以上「あっ、そこにも宮瀬がいる」と言われれば見ざるを得ません。

フツーの「政治屋」のポスターではない。
マジもんの「政治家」のポスターがそこにありました。

長くなるので、単純に比較しましょう。上が「量産されている政治屋」下が「ホンモノの政治家」です。

=========比 較==========

(量産型政治屋)党名バーン! 名前ドーン! 良くわからないスローガンドーン! 顔バーン
(ホンモノ宮瀬英治)普通に名前。顔写真。困ったときはいつでも掛けてねと言う自分の携帯電話の番号(!?)。下の方になんかある。見るとポスター貼り付け場所から最寄りの避難所、広域避難場所。日中帯AEDの場所、24時間対応のAED設置場所。そして忘れたかのように党名。

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……戦慄しました。

区内で何らかの災害があり、情報機器が全く機能しないとき。彼のポスターを見つければ、生き残れる可能性が上がります。
「嘘だろ……」
とりあえず、貼ってあったポスターの座標を数箇所覚えて。家に帰って、まぁこれでも技術者ですから。一個一個緻密に調べました。
「全部合ってる」
そして、去年11月に都政報告会があると言うので。じゃあ、そんなポスターに手間かける議員はどんな仕事をしてるんだろう?

キレーなこと言って適当にお茶濁すのかな。
いや、でもそう言う顔してないし。うーん……なんて悩みながら会場入り。

配布された資料には、一切の嘘がなく。

三年半に取り上げた議題や提案、議会質問。その分野、分類、数値でどの政策がどこに紐付いているのか。そして、その中で何が実現し、何をしようとしてるのか。これが一目瞭然で分かりました。

そんな人だから、熾烈な人かも知れない。

しかし、予想を裏切り。語る口調は柔らかくのんびりしていて、しかしFact(事実)を正確に嘘偽りなく喋る人は、初めてです。

前の都議会選挙のとき、一体私はどこを見誤ったんだ? と、自問自答したくらい。

始発から終電まで駅に立ち続け、何党支持でも、子供でもお年寄りでも学生でも。
都政の意見や、困っていることを聴き続け。都政に反映させ、困っている人は100%ではないにせよ、出来る範囲を総動員して解決に向けて尽力する。

誰もが知れば、隙あれば仲間にしたくなるような。いや、仲間になってしまいたくなるような。今まで歴史の中に刻まれていった「ホンモノの政治家」が、21世紀にいるのか!

よし、なら支えたり、意見を伝えたりして政治家を育て、応援するのは民主主義国家の国民の義務であり権利の一つだ。
と、言うわけで。当時、応援してた区議さんに了解をとって。まずはお友達から……と言う感じで宮瀬さんと関わるようになりました。

そこで、分かったのは。なるほど、この人、ホントに近所に住んでる普通の優しくて面白いお兄さんだわ。でした。
長所もあれば、短所もある。
ちょっとのんびりしてる。たぶん、忙しくないときは、大らかで親しみやすい。
事実、忙しくない時の宮瀬さんはそんな感じです。

政治屋は大抵人間卒業してます。

ニンゲン相手に、ヒトの喜怒哀楽調整するのが仕事だと思う内に。知らず理想は腐り、人間性が欠落ち、偏屈になり、お偉くなり、どんどんワケの分からない「悪い意味でのバケモノ」に変わります。

しかし、この人の場合。とにかく、今はもう四年目ですが四年間。ずっと人間のまま、ひたむきに区民・都民から寄せられた声を自分の政策にし。国政が荒れ、所属政党が変われど、やっていることに誰もケチをつけられないので。危機はあっても揺らがず。

今も、人間:宮瀬英治のまま都議会議員を勤めています。それってすごくない?

まだ驚くべきところは、自分の給料が民間からすると高すぎると言うことで3割カット。
カットした分は震災孤児などに寄付。

都議になると支給されるお高い公用車は、いらないと返上。
高島平から定期券で三田線乗り継いで都庁へ通勤。

※地下鉄や電車乗り継いで定期券で通う都議なんて今までいなかったそうなので、交通費申請する時、逆に都の職員が慌てたそうで。

まだまだ驚くことがあり、NGOを学生時代に立ち上げ。カンボジア、アフガニスタン、イラクなど。そこで学校作りに行ったり、病院の手伝いしたり、井戸掘ったり、食糧支援したり、現地の教育手伝ったり。サラリーマンになってもそれは続いてボーナス全額ポンと学校建設のためなんかに出しちゃう。

ちょうどその頃、私も井戸掘りに行ったり、地雷撤去のボランティアとか行きたかった。出来なかった。いや、それは言い訳さ、やらなかった。でも、目の前の人はそれをやった。

そこまで、やってなお。

いや。そこまでやったからこそ。

この人は人間のままでいれるのか。

怖かったことだってあっただろう、議会の中でも大変だったろう。

けど、この人はあるがままの人間、宮瀬英治さんで。私の友人だ。
どこまでも、人間臭く、面倒見もいい。
完璧なヒトでは、ない。
けど、だからこそ仲良くなれた。

今は色々なことで会う機会も増え。話を聴いてもらったり、時折……話を聴いたり。
気負うことなく、尊敬できる。そんな自慢の私の仲間。それが、宮瀬英治さんです。

いつも、教えてくださってありがとうございます。

暖かい輪の中に入れてくれてありがとうございます。
もちろん、他の方にも沢山助けられてます。それと、宮瀬さんと仲間達の暖かい繋がりに加われたのは、少し誇らしいですよ。

今度は、私も誰かの心を暖かくしたいな。
こんな風に、私を育ててくれました。
これからも、頼れるお兄さんとして、気さくな友達として。仲間として。今日より明日はきっといいよ。なんて、言い合いたいですね。